千姫って誰?

恋を貫いた、千姫様

千姫ぼたん園

 姫路城内三の丸高台にあり、見学所要時間は20分程。


 千姫は、徳川二代将軍・秀忠の娘で家康の孫。七歳で政略結婚の犠牲となり豊富秀頼に嫁ぎ、大阪夏の陣で夫が自害したのが十九歳の時。大阪落城の火中を脱出した千姫は、江戸へと向います。その途中、三重県桑名の城主・本多忠政の子、忠刻と出会い二人は一目で恋におちて、ほどなく結ばれます。一年後、父・忠政が移封され、姫路城に住むようになります。千姫と忠刻は仲が良く、まるで夫婦雛のようにお似合いだったそうです。しかし幸せは続かず、長男・幸千代が三歳で早世。続いて夫の死。髪をおろした千姫は、まだ三十歳。江戸に戻り、帰依する身となった千姫は、忠刻の面影を胸に、その後、四十年を独り身で通し、七十歳で世を去りました。






男山千姫天満宮

 千姫が本多家の繁栄を祈って建立した小さな社。男山の中腹(水尾神社の西側少し上)にあり、千姫が西の丸長局の廊下から朝夕遥拝していたといわれています。

幸せだった10年、
千姫ゆかりの西の丸






千姫ゆかりの化粧櫓


 本多忠刻へ嫁いだ時、千姫の化粧料10万石で造営された殿舎。門のある台所、二層の化粧櫓、侍女たちの住む塗りごめの百間廊下ともいわれる延々と続く長局。見事な庭園、屋形船をうかべた内濠、いずれも千姫の心をなぐさめるための造りだったとか。
 千姫は、毎日、化粧櫓から男山天満宮を仰ぎ、信心を深めたそう。いまは、その化粧櫓と長局が残るだけだけど、いかにも美女千姫の館らしい幻想と愛憐の情をかきたてる優美な一郭。

千姫の小径

 姫路城の西側、中濠と船場川をはさんでの散策路。しょうぶ園があります。